本気で褒めたのに!高倉天皇のやさしさ【建礼門院右京大夫集あらすじマンガ】|平家物語
月の美しい夜、素晴らしい笛の音が聞こえてきました。右京大夫は思わず褒めちぎるのですが・・・。 まずはあらすじを漫画でどうぞ。 『建礼門院右京大夫集』<12~13番詞書>より 漫画は、原文を基にえこぶんこが脚色しています。 ◆解説目次◆ ・登場人物 ・高倉天皇・・・優しい!! ・平家政権の屋台骨・高倉上皇の若すぎた崩御 登場人物 高倉天皇 たかくらてんのう 第80代天皇。父は後白河法皇。母は建春門院(滋子)。 右京大夫 うきょうのだいぶ 中宮・徳子に仕える女房。 高倉天皇・・・優しい!! 今回は、 高倉天皇 の笛にまつわるお話です。 右京大夫の祖父(大神基政)は笛の名手であり、母(夕霧)は箏の名手、右京大夫自身も箏を得意としています。そんな右京大夫ですから、 音楽の巧拙を聴き分ける耳を持っていた はずです。 おべんちゃらで褒めた訳ではないのに、高倉天皇に「そら言」と言われ、傷ついちゃったのですね。それにしても、その後の高倉天皇の対応が素晴らしい。 右京大夫の立場では高倉天皇と直接言葉を交わすことはできないので、このやりとりは伝言ゲーム方式で行われたそうなのですが、高倉天皇の大らかな気性が伝わってくるエピソードですね。 女房に過ぎない右京大夫にまで心を配れる、優しい方だったんでしょうね。 平家政権の屋台骨・高倉上皇の若すぎた崩御 高倉天皇 は、第80代天皇。父は後白河院。母は前回登場した建春門院滋子です。 六条天皇(五歳)の譲位を受けて、八歳で即位しました。 承安元年(1171)徳子が入内したとき、高倉天皇は十二歳、徳子は十八歳でした。 清盛の娘を入内させることには、周囲の反対もありましたが、建春門院滋子の取り成しにより成立したと言われています。 六歳差の政略結婚でしたが、『右京大夫集』を読む限り、高倉天皇と徳子の仲は良好だったように思われます。ただ、平家一門の期待を一身に背負う立場で宮中に放り込まれた徳子には、壮絶なプレッシャーがあったことでしょう。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 治承二年(1178)、徳子に待望の皇子、 言仁親王 (後の安徳天皇)が生まれます。治承四年(1180)高倉天皇は言仁親王に譲位し、清盛は天皇の外祖父になりました。 実はこのとき後...






